長い会社員生活を終えた瞬間、多くの人が同じことを感じると言います。
「これからどう生きればいいのか」という、静かだけれど深い問いです。
仕事という軸を失ったとき、時間の使い方も、自分の役割も、一度リセットされます。
期待と自由感がある一方で、何をすべきかわからない漠然とした不安が押し寄せてくるのは、決して珍しいことではありません。
この記事では、定年後の過ごし方について「ランキング」「男女の違い」「趣味の選び方」「避けるべき習慣」「老後を楽しむ土台」という6つの切り口から全体像をお伝えします。
定年を目前に控えた50代の方にも、すでに定年を迎えて日々の過ごし方を模索している60代の方にも、ひとつの地図として役立てていただけるはずです。
1.定年後の過ごし方に「正解」がない理由

なぜ多くの人が定年後に迷うのか
定年後に迷いを感じる人が多い背景には、日本社会特有の「仕事中心の生き方」が長年続いてきたことがあります。
週5日・1日8時間以上を職場で過ごしてきた生活は、30年以上にわたって続くこともあります。
その構造が突然なくなるわけですから、準備なしに充実した日々を送れる人のほうが少ないのは当然のことです。
内閣府が実施した高齢社会白書の調査によると、60代前半の男性の多くが「定年後の生活に不安を感じた」と回答しており、その不安の中身として「時間の使い方がわからない」「社会とのつながりが薄れる気がする」という声が上位に挙がっています。
これは個人の問題というより、仕事中心社会が生み出した構造的な課題といえるでしょう。
さらに、定年後の過ごし方には「これが正解」という普遍的な答えが存在しません。
体力・経済状況・家族構成・趣味の有無・住んでいる地域によって、最適な過ごし方は人によって大きく異なります。
他人の成功例をそのまま真似しようとすると、かえって違和感を感じたり続かなかったりする原因になります。
だからこそ、ランキングや事例を「参考情報」として活用しながら、自分に合う形を少しずつ探っていく姿勢が重要です。
仕事が生活の中心だった人ほど要注意
長年、仕事に全力を注いできた方ほど、定年後のギャップを大きく感じやすい傾向があります。
仕事は単なる収入源ではなく、「社会的なつながり」「達成感」「毎日の生きがい」「時間の構造」を同時に提供してくれるものだったからです。
それらが一度に失われるため、喪失感が大きくなるのは自然なことです。
精神科医や産業医の間では、このような状態を「定年後うつ」あるいは「退職後症候群」と呼ぶことがあります。
症状としては、やる気が出ない・外出が減る・睡眠リズムが乱れる・家族への当たりが強くなるなどが挙げられます。
重要なのは、こうした変化を「意思の問題」として捉えるのではなく、環境の変化に対する自然な反応として理解した上で、新しい生活リズムを意識的に設計することです。
定年後の過ごし方に悩むこと自体は、むしろ真剣に生き方を考えている証拠です。
その悩みをスタート地点として、以降の章で紹介する6つの視点を活用してみてください。
定年後の過ごし方ランキングが示す傾向と使い方

シニア調査が明かす「人気の過ごし方」トップ5
定年後にどのような過ごし方が人気なのかを知るうえで、ソニー生命保険が全国の50〜79歳の男女1,000名を対象に実施した「シニアの生活意識調査2024」は非常に参考になります。
同調査によると、シニア世代が「現在の楽しみ」として挙げた項目の上位5つは、旅行、テレビ・ドラマ、グルメ、映画、読書となっています。
特に旅行は男性の44.4%、女性の46.2%が選んでおり、前年から5ポイント以上増加するなど、その人気は年々高まっています。
これらのランキングには、定年後の過ごし方の大きな傾向が映し出されています。
現役時代には仕事の都合でなかなか実現できなかった旅行や映画鑑賞を、時間的な自由を手にした定年後に楽しむ人が多いことがわかります。
また、読書やグルメのように、自宅や近所でも取り組めて、体力的な負担が少ない活動も上位に並んでいます。
この傾向は、定年後の過ごし方として「まず身近なところから始めたい」という心理を反映しているとも考えられます。
なお、男性と女性では上位の顔ぶれが少し異なります。
シニアライフ総研の調査によると、男女ともに散歩・ウォーキングと国内旅行が上位に入る一方、男性の3位はパソコン、女性の3位は読書となっており、趣味の嗜好に一定の違いが見られます。
男性はスポーツ観戦や車でのドライブがランクインするのに対し、女性はガーデニングや園芸が上位に入る傾向があります。
この男女差については、次の章でさらに詳しく解説します。
ランキングを鵜呑みにしてはいけない理由
ランキングデータは有用な参考情報ですが、そのまま「自分もこれをすれば充実する」と捉えるのは少し危険です。
上位に旅行や外食が並ぶのは、それらを楽しんでいる人が多いという事実を示しているに過ぎず、あなたにとって最適な過ごし方を保証するものではありません。
人気の活動が自分の体力・経済状況・住環境・興味とマッチしていなければ、長続きしないのは当然のことです。
ランキングの正しい使い方は、「候補の引き出しを広げるヒント」として活用することです。
たとえば、「旅行は体力的に難しいけれど、グルメなら近所でも楽しめる」「映画は苦手だが、読書なら続けられそう」というように、ランキング上位の活動を自分の状況に照らし合わせて取捨選択する視点が大切です。
定年後の過ごし方ランキングについて、男女別・年代別のより詳細なデータと具体的な選択肢は、関連記事「定年後の過ごし方ランキング」でまとめて紹介しています。
各活動の特徴や始め方の目安も合わせて参照してみてください。
男性・女性で異なる定年後の悩みと傾向
男性に多い「居場所がない」問題
定年後の男性が直面しやすい最大の課題は、社会的なつながりの喪失です。 内閣府が行った地域の相談機能に関する調査では、男性は50代まで仕事に関する悩みが中心を占めている一方、60代になると「健康」「家族」「介護」を挙げる割合が急増することが明らかになっています。 つまり男性は、定年退職というタイミングを境に、悩みの構造そのものが大きく変わるのです。
仕事を通じて自然に得られていた「毎日会う仲間」「役割と責任」「社会からの承認」が一度に失われることで、家の中での自分の居場所が見えにくくなる男性は少なくありません。 妻がすでに地域や趣味のコミュニティを持っているのに対し、夫はそうしたネットワークを職場以外にほとんど持っていないというケースも多く見られます。 内閣官房の孤独・孤立対策に関する全国調査(令和5年)でも、60代以降の男性において孤立感を抱えやすい傾向が確認されており、定年後の居場所づくりは男性にとって特に意識すべきテーマといえます。
また、男性は悩みを抱えたときに「何もしない」と答える割合が女性に比べて約11ポイント高いことも、同調査で示されています。 相談することへの抵抗感が強い分、問題が長期化しやすいという側面も見逃せません。 定年後の男性の過ごし方を考えるうえでは、趣味や活動の選択と並行して、「誰かとつながれる場所」を意識的につくることが重要です。 男性向けのより詳しい傾向と具体的な過ごし方の選択肢は、関連記事「定年後の過ごし方ランキング(男性編)」でご紹介しています。
女性に多い「健康・人間関係」への意識
女性の場合、定年後の悩みは男性とはやや異なるパターンをたどります。
ハルメク・エイジマーケティングが実施した50〜70代女性を対象とした調査では、60代以降の女性が共通して関心を持つテーマとして「自身や家族の健康」と「老後の生活設計」が上位に挙げられています。 健康への意識は男性よりも早くから高い傾向があり、定年前後から運動習慣や食生活の見直しに積極的に取り組む女性が多い点が特徴的です。
人間関係の面では、女性は男性と比べてもともとコミュニティとのつながりを持ちやすい傾向にあります。 悩みがあったときに配偶者や友人・知人に相談する割合も、男性に比べて一貫して高いことが内閣府の調査データから示されています。 そのため定年後の孤立という問題は男性ほど深刻になりにくい反面、人間関係の変化そのものがストレスになるケースも女性には多く見られます。 たとえば夫の定年によって家での二人の時間が急増することへの戸惑いや、子どもの独立と夫の在宅が重なることによる生活リズムの乱れなどは、女性特有の課題として挙げられることがあります。
また、女性の60代では「自分の病気や介護」が悩みの上位に入り始めるため、健康管理を趣味や外出と結びつけた過ごし方が長期的な充実につながりやすいと考えられます。 女性ならではの視点から見た定年後の過ごし方については、関連記事「定年後の過ごし方ランキング(女性編)」で詳しく解説しています。
やってはいけない過ごし方|テレビばかりのリスク

テレビ中心の生活がもたらす影響とは
定年後の生活でもっとも陥りやすい習慣のひとつが、一日の大半をテレビ視聴に費やすことです。
総務省情報通信政策研究所の調査によると、テレビの平均視聴時間は50代男性で1日あたり約3時間39分、60代になると約4時間55分へと増加しており、年代が上がるにつれて視聴時間が長くなる傾向が明確に示されています。
定年退職によって自由時間が急増することが、こうした視聴時間の増加をさらに後押しする構造があります。
テレビ視聴自体が悪いわけではありません。
ニュースや教養番組を通じて社会とのつながりを感じる効果もあり、適度な視聴にはリラックス効果も認められています。
問題になるのは、それが「ほかにやることがないから」「なんとなく」という受動的な動機によって一日5〜6時間以上続く習慣になったときです。
脳科学の観点からは、長時間のテレビ視聴には注意が必要とされています。
テレビを視聴している際に主に働く脳の部位は視覚に関わる後頭葉と聴覚に関わる側頭葉であり、思考や判断・コミュニケーションを担う前頭前野の血流は低下した状態になることが複数の研究で示されています。
この状態が毎日長時間にわたって続くと、認知機能の低下につながる可能性があることが指摘されており、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授らの研究でも、長時間テレビを視聴する生活を続けると脳の言語能力が低下する可能性があることが示唆されています。
また、テレビ中心の生活は運動不足を招くという間接的なリスクも見逃せません。
北カリフォルニア教育研究所が3,200人を対象に実施した大規模追跡研究(CARDIA研究)では、テレビの視聴時間が長く運動不足の生活を続けてきた人ほど、中年以降に認知能力が低下しやすいことが明らかになっています。
脳への血流を保つためには身体を動かすことが不可欠であり、テレビの前に長時間座り続ける習慣はその機会を奪ってしまいます。
さらに、テレビに費やす時間が増えれば増えるほど、他者と会話したり外出してコミュニティとつながったりする時間が失われます。
先に触れた孤立リスクの観点からも、テレビばかりの生活が社会的なつながりを薄れさせる要因になることは、複数の調査が示すとおりです。
生活リズムを壊さないための考え方
テレビをすべて排除する必要はありません。
重要なのは、「見る番組を意識的に選ぶ」「1日2時間程度を目安とする」「視聴前後に体を動かす習慣を組み合わせる」という3点を意識することです。
特に「番組を選ばずにとりあえずつけておく」というながら視聴のパターンは、受動的な脳の状態を長時間続けさせるという意味でリスクが高く、できるだけ避けることが望ましいとされています。
テレビを見る時間を一定に決めることは、生活リズムを保つという観点でも効果的です。
定年後の生活で最初に崩れやすいのが起床・食事・就寝の規則正しいリズムであり、「○時からニュースを見る」「夜の1時間だけドラマを楽しむ」といった形でテレビを生活の区切りとして位置づけると、だらりとした時間の流れを整えるきっかけになります。
定年後にテレビばかりになってしまいやすい心理的背景や、具体的な脱テレビ習慣の作り方については、関連記事「定年後 テレビばかり」でさらに詳しく解説しています。
「何かを始めようとは思っているけれど、なかなか動き出せない」という方はぜひあわせてご覧ください。
老後の生活を楽しむための土台づくり
健康・お金・人間関係の3つを整える
老後の生活を充実させるためには、過ごし方の具体的な中身を考える前に、その土台となる3つの要素を整えておくことが重要です。
その3つとは「健康」「お金(生活基盤)」「人間関係」であり、この3つのバランスが崩れると、どれだけ充実した趣味や活動を持っていても、生活の安定感や満足感が揺らぎやすくなります。
まず健康については、内閣府が令和6年8月に実施した「国民生活に関する世論調査」において、今後の生活で力を入れたい分野として「健康」を挙げた人の割合が73.1%と全項目中最も高く、前回調査から4ポイント以上上昇しています。
年代別に見ると、「健康」を挙げた割合は70歳以上で特に高く、年齢を重ねるほど健康の重要性が実感として強まることがわかります。
裏を返せば、健康を意識した生活習慣を60代のうちから整えておくことが、老後の充実度に大きく影響するということです。
具体的には、週150分程度の中程度の有酸素運動(ウォーキング・水泳など)、バランスの取れた食事、十分な睡眠という3つの習慣が、厚生労働省の健康づくりの指針においても基本として位置づけられています。
次にお金については、収入と支出のバランスを把握した上で、老後の生活費の見通しを立てておくことが安心感につながります。
金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(2023年)」によると、60代の金融資産の中央値は700万円(単身世帯)〜1,100万円(二人以上世帯)となっており、年金収入との組み合わせによって生活設計は大きく変わります。
老後の生活費が月30万円程度かかるとすれば、年金だけでは不足する分を貯蓄や再就労でカバーする計画が必要になります。
ただし、お金の不安を過度に抱えることが精神的な充実を妨げる原因になる場合もあるため、「最低限必要な額を把握し、それを満たす計画を立てる」という前向きなアプローチが有効です。
人間関係については、社会とのつながりが老後の幸福感に与える影響が近年の研究で繰り返し確認されています。
内閣府の「満足度・生活の質に関する調査報告書(2022年)」では、頼れる人がいることや友人との交流機会が多いことが、社会とのつながりへの満足度に強くプラスの影響を与えることが明らかにされています。
定年後は職場でのつながりが失われるため、地域活動・趣味のサークル・ボランティア・習い事など、仕事以外の関係性を意識的に広げる努力が、老後の生活の充実度を左右する大きな要因となります。
50代のうちに始めておきたい準備
老後の生活を楽しむための土台づくりは、実際に定年を迎えてから始めるよりも、50代のうちに少しずつ着手しておくほうがはるかにスムーズです。
理由は、新しい習慣や人間関係は短期間で築けるものではなく、定年後に突然「趣味を見つけよう」「地域とつながろう」と動き出しても、慣れない環境にストレスを感じやすくなるからです。
50代でできる準備として、まず健康面では定期健診の受診と生活習慣の見直しがあります。
定年後に運動習慣を始めようと考えていても、膝や腰の問題が顕在化してからでは選択肢が狭まります。
50代のうちに医師の指導のもとで自分の体の現状を把握し、無理のない範囲で運動習慣を作っておくことが、60代以降の活動の幅を広げることに直結します。
お金の面では、年金見込み額の確認と生活費のシミュレーションが有効です。
ねんきんネット(日本年金機構)を利用すると、自分の年金見込み額をオンラインで確認できます。
現在の支出から定年後に変わる項目(交通費・外食費の減少、医療費・光熱費の増加など)を試算し、不足が見込まれる場合は50代のうちに対策を講じることが重要です。
人間関係の面では、職場以外のコミュニティへの参加を50代のうちから少しずつ始めることが理想的です。
地域のスポーツサークル・市民講座・NPO活動などは、参加のハードルが低く、同世代の仲間と出会いやすい場として機能します。
定年後に孤立しにくい人の多くは、現役時代から職場以外のつながりをすでにいくつか持っていることが、各種調査の共通した知見です。
老後の生活をより豊かに楽しむための具体的な方法やマインドのつくり方については、関連記事「老後の生活の楽しみ方」でさらに詳しく解説しています。
50代の準備期から60代以降の実践期まで、段階的に活用できる内容をまとめていますので、ぜひあわせてご覧ください。
まとめ|定年後の過ごし方は「設計」できる
定年後の過ごし方に、あらかじめ決まった正解はありません。
しかし、この記事で見てきたように、充実した第二の人生を送っている人たちには共通した視点があります。
「なんとなく始まる定年後」ではなく、自分なりの設計図を持って臨んでいるということです。
ランキングデータは候補の引き出しを広げるための参考情報として活用し、男女それぞれの傾向を踏まえた上で自分に合う形を探すことが出発点になります。
趣味は暇つぶしではなく生きがいを設計するための手段であり、健康・お金・人間関係という3つの土台を整えることが、どんな過ごし方を選ぶにしても充実度を左右します。
テレビ中心の受動的な生活に流れやすい定年後だからこそ、意識的に能動的な活動を生活の中に組み込むことが重要です。
50代のうちから少しずつ準備を始めることが理想的ですが、すでに定年を迎えた方も遅すぎることはありません。
今日から一つだけ、生活の中に新しい習慣や外とのつながりを加えることが、充実した老後への第一歩になります。
各テーマについてのより詳しい情報は、以下の関連記事でご覧ください。
- [定年後の過ごし方ランキング]
- [定年後の過ごし方ランキング(女性編)]
- [定年後の過ごし方ランキング(男性編)]
- [定年後の趣味]
- [定年後 テレビばかり]
- [老後の生活の楽しみ方]
